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2005年11月14日

トルコ船「エルトゥールル号の遭難」を読んで

エルトゥールル号の遭難

トルコ船「エルトゥールル号」の遭難に際して和歌山県の大島の方々が救難されたお話です。素敵な後日談もあり、思わず伝えずにはいられなくなりました。


明治23年9月16日、和歌山県の大島に台風で進退の自由を失った木造軍艦が、灯台のほうに押し流されて、船は真っ二つ、大爆発が起きた。この爆発音を灯台守が聞いたのだった。乗組員は海に放つ出され、波にさらわれた。またある者は自ら脱出した。

船はトルコ軍艦。乗組員たちは全員傷だらけで助けを求めて、崖をよじ登ってきたのだった。この当時、樫野には50軒ばかりの家があった。船が遭難したとの知らせを聞いた男たちは、総出で岩場の海岸に下りた。遠い外国から来て、日本で死んでいく。

 「一人でも多く救ってあげたい」と村の男たちは、自分たちも裸になって、乗組員を抱き起こした。自分の体温で彼らを温めはじめた。次々に乗組員の意識がもどった。船に乗っていた人は六百人余り。そして、助かった人は六十九名。

助かった人々は、樫野の小さいお寺と小学校に収容された。当時は、電気、水道、ガス、電話などはもちろんなかった。井戸もなく、水は雨水を利用した。サツマイモやみかんがとれた。漁をしてとれた魚を、対岸の町、串本で売ってお米に換える貧しい生活だ。ただ各家庭では、にわとりを飼っていて、非常食として備えていた。

 このような村落に、六十九名もの外国人が収容されたのだ。島の人たちは、生まれて初めて見る外国人を、どんなことをしても、助けてあげたかった。だが、どんどん蓄えが無くなっていく。ついに食料が尽きた。台風で漁ができなかったからである。
 「もう食ぺさせてあげる物がない」
 「どうしよう!」
一人の婦人が言う。
 「にわとりが残っている」
 「でも、これを食べてしまったら……」
 「お天とうさまが、守ってくださるよ」

そう語りながら、最後に残ったにわとりを料理して、トルコの人に食べさせた。

 こうして、トルコの人たちは、一命を取っ留めたのであった。また、大島の人たちは、遺体を引き上げて、丁重に葬った。

このエルトゥールル号遭難の報は、和歌山県知事に伝えられ、そして明治天皇に言上された。明治天皇は、直ちに医者、看護婦の派遣をなされた。さらに礼を尽くし、生存者全員を軍艦「比叡」「金剛」に乗せて、トルコに送還なされた。このことは、日本じゅうに大きな衝撃を与えた。日本全国から弔慰金が寄せられ、トルコの遭難者家族に届けられた。


次のような後日物語がある。

イラン・イラク戦争の最中1985年3月17日。
イラクのサダム・フセインが、「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」と、無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。

日本からは企業の人たちやその家族が、イランに住んでいた。その日本人たちは、あわててテヘラン空港に向かった。しかし、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。世界各国は自国の救援機を出して、救出していた。だが日本政府は素早い決定ができず空港にいた日本人はパニック状態になっていた。

そこに、二機の飛行機が到着した。
トルコ航空の飛行機であった。
日本人215名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。
タイムリミットの1時間15分前であった。

 前・駐日トルコ大使、ネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。トルコでは、子供たちでさえ、エルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」


http://www.makuya.or.jp/teatime/douwa/ertug/ertugP1.htm より


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「エルトゥールル号」のお話、あなたのご意見や感想をお聞かせください。コメントやトラバも歓迎です。逆トラバもしています。明治時代にこんな心温まるお話があったなんて日本に生まれてよかった、と思う次第です。


 (敬称略)



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posted by yumemaster at 19:36| Comment(2) | TrackBack(2) | ちょっといい話や書籍から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>「今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。トルコでは、子供たちでさえ、エルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。」
うーん、日本の教科書には何故載ってないのだろう・・・殺されたゾウより遥かに悲しい。
「テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」せめてこの話ぐらいは載せてもいいのになー^^;
Posted by 感動スイッチ管理人 at 2005年11月15日 13:41
コメントありがとうございます。

>「今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。トルコでは、子供たちでさえ、エルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。」
うーん、日本の教科書には何故載ってないのだろう・・・殺されたゾウより遥かに悲しい。
「テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」せめてこの話ぐらいは載せてもいいのになー^^;


コメントありがとうございます。
そうですね。良い話はどんどん紹介していける誇りの持てる国にしたいものです。
Posted by 夢メル事務局 at 2005年11月15日 17:19
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